米子城跡
1601(慶長6)年に中村一忠が築城した米子城。当時既に作られていた四重の天守に加えて五重の大天守を建立し、山陰一の名城として名を馳せた。明治初期に売却され石垣を残すのみとなったが、現在では観光客に人気の散策コースになっている。天守閣跡は展望地になっており、島根半島、大山などが望める。
製鉄技術は朝鮮からの渡来人が伝えたといわれ、鏃や鉄刀など鉄の武器と鍬などの農具は殺傷性と生産性を大いに上げ、出雲国の存在感を大いに示したと考えられる。4世紀頃に作られらた造山古墳から、銅製の鏡とともに鉄の刀が出土しているが、これだけ大きな墓を作れる豪族の力の源泉は鉄であったろう。出雲国は強い国だったのか。安来節に伝わる「どじょうすくい」の元は砂鉄すくいだったのではないかと推測する人もいる。遠く下って中世、尼子氏が毛利氏によって滅ぼされた富田城址に立ち、出雲国の変遷を考えるのも面白い。
- ジャンル
- 住所鳥取県米子市久米町
- 電話番号0859-23-5213
- 営業時間
オススメの時間: - 定休日
- 料金
- 駐車場あり